修道院4日目 ~ぷち事件編~
聖体顕示が終わり夕食の時のことです。
夕食は揚げだし豆腐がメインだったので
ごはんをもらおうかなと炊飯器へ。
老シスターもごはんを取りに来ていました。
どうぞとサインするので先にごはんをよそい、しゃもじを置きます。
すると、シスターが「ちょっと!!💢」
しゃもじを手渡しでパスしてほしかったっぽい。たったそれだけなのだけれど。
「ごめんなさい」と呟きしゃもじを渡して着席した後も動揺しています。頭も熱くなっています。
食前の十字架のしるしをしながらもこんなことを考えています。
わたし、シスターに怒られるために修道院に来たんじゃないよ。
イエスさまとの親しさとか、平安とか、魂の休みのために来てるんだよ。イエスさま、わたし動揺しています。助けて!!
いまにも涙があふれそうで、ごはんがにじんで見えません。
あとでお修室に戻ってから泣こう、そう思ったけれど揚げだし豆腐を口に運んだら千と千尋の神隠しのハクおにぎりのシーンみたいに涙がぼろぼろ、ぼろぼろ。
静かな生活でこころがデリケートに仕上がっていたのでしょう。
イエスさまは祈りにこたえて「それはMegとシスターの感覚の違いだけの問題だよ。Megが神の目に悪いことをしたわけじゃない。シスターがすぐに怒るのも彼女の問題。」とわたしを慰めてくれましたが、涙が止まりません。
とめてもとめてもしゃくりあげてしまいます。
泣いているとき特有の、何をみても悲しく見えてしまいもっと泣く現象も。
何人かがこちらに気づき、横でごはんを食べている別のシスターも神父さまもわたしのボロボロの顔を見ましたが、沈黙なので「どうしたの」「だいじょうぶ」と言ってもらうことはできません。
ごはんがほとんど食べられず、たくさん残してしまいます。
ああ、孤独だ。と感じます。
帰りたいとも思いました。
でもそれは人間のなかで孤独なのであって
人間の思いとして修道院を去って、帰りたいのであって、
イエスさまはわたしとわたしの思いを知っているし、現にすぐにこたえてくださったからわたしは本当は孤独ではない。
Megは問われます。
苦しいときにイエスさまとお話しできますか。信仰が精錬され試されているな。と思いました。
主よ、あわれんでください。